17 中田なつみ
私にとっての絵というものは、自分が生きていくことに必要不可欠なものでした。目の前あるもの、自分の中にあるものを紙の上に表現することが、幼少の頃より私の一番の楽しみでした。そして、何度も紙に向かううちに、たとえほんの少しずつでも上達していって、それを褒めてもらえるのが幼心にも嬉しくて仕方がありませんでした。しかし、ある時から私は幼い頃の様に純粋な気持ちで楽しんで絵を描くことが出来なくなってしまいました。何故かと言うと、自分の絵に、周囲からかけられる賛辞に見合う程の美しさが在るはずも無い事実を自ら悟ったためです。いつしか舞い上がっていた私は、そのことを悟った時、一気に地に落とされた様な気がしました。激しい羞恥の念に駆られ、同時にある混沌とした思いが込み上げてきました。『何故、誰も“本当のこと”を言ってくれないのか』私の心は、次第に絵から離れていきました。そんな時、私が出会ったのが小牧先生と翼工房でした。
先生は、私が出会った人々の中で唯一、“本当のこと”を語って下さる方でした。本当は誰だって心の何処かで気づいているはずなのに、それでも目をそらしている“本当のこと”先生はそれらをありのまま私たちに訴えかけて下さいました。私はその言葉の一つ一つを受け取る度に自己を反省し、時に勇気づけられながら日々キャンバスに向かい自画像と格闘し続けました。
生まれて初めて描く自画像は、絵から逃げていた私にとって非常に手ごわく、越えられない壁の様な存在でした。授業の度に自画像という名の壁と対峙し、かつての絶望をまざまざと見せつけられました。何かが見えたように感じて、絵筆やナイフを一心不乱に動かしても何時まで経っても同じ場所から先に進めずにいる自分に気づいて、いらだちを覚えることもありました。
自画像という高い壁と向き合い続けることに苦しみ、幾度となく途中で投げ出しそうになりながらも、それでも乗り越えることが出来たのは、ひとえに先生の存在があったからです。やっとの思いで描き上げた自画像は、決して満足のいく出来ではありませんが、逃げていた私にもう一度絵と向き合う機会を与えて下さった先生に心から感謝しています。これこそが、私にとっての『今しか出来ない事』だったのだと感じています。長い時間をかけて、やっとの思いで乗り越えた壁の向こうに広がる人生は、まだ霞がかっていて先が見えませんが、先生のお言葉を支えに、再び絵と共に一歩ずつ歩んで生きたいです。