25 吉田恵理佳
油絵の具の匂い、がしがしと絵の具を削ってゆく音、翼工房のこの雰囲気にはもうすっかり慣れてきた。三十時間以上に及んだ私の、私自身との闘いは終わろうとしている。
今までこんなに長く自分と見詰め合ったことは無い。自分と向き合うのは、時として辛い。何度となく自画像を投げ出したくなった。しかし、いろいろな方面からアプローチをかけ、挑戦し、少しずつ自分の表現したいものに近づいていく時の喜びもまた大きかった。一度は早く終えてしまいたいと思っていた自画像だが、それが、今ではとても思い入れのある大切な自分の一部分となっている。
私はこの学校で初めて油絵を体験したのであるが、とても楽しかった。服に絵の具が付くのも構わず、時には指も使ってキャンパスに色を乗せていった。しかし、ある日どうしても自分の思い通りにいかなくなってしまった。どうしてよいか分からず、悩みながら少し絵の具を付けて終わるという日が続いた。その時、小牧先生は「君は最近元気がないね」と声をかけて下さった。私もうまくいかないということを話すと、「今悩んでいるということが大切なんだ。悩み通せばいつかは気付く瞬間が来るから」と言われた。私は、そこでもう少し自分と闘ってみよう、悩んで悩んで悩み通してみよう、と思った。それからはひたすらにキャンパスに向かっていった。とにかく何でも試した。そうしているうちに、ふと自分の表現したいものが見えてきた気がした。
夢中で絵の具を塗っていった。私は、今まで自分で何かを悩み通した挙句に自分の考えに到達した経験があまり無く、この時は何とも言えない達成感が心を満たした。また、私はこの美術の時間を通して、「足すばかりではなく引くことも大事」なのだということを教わった。今までは、絵とは絵の具を重ねて出来るものだとしか考えていなかったのだが、絵の具を少し削ることで過去の自分が顔を出す、その時失敗したと思った色が、後になってみると何故か調和していた。その過去の足跡も全てが自分である。本当の自分が仕上がっていくのを感じた。