27 樋口雄一
約三ヶ月という長期間にわたって繰り広げられてきた、僕と自画像との闘いがついに終った。一枚の絵にこれほどの時間をかけたことは今まで無く、それだけに新たな発見や出会いがあり、学んだことも多かった。
授業が始まるやいなや、僕たちの美術に対する意識や姿勢といったものに対して厳しく叱り、真の芸術を学ぶことは僕たちが普段やっている数学などよりはるかに大切なことだと熱く語られる先生。今まで出会ってきた先生とはまるで異なる考えを持った先生に初め僕は正直戸惑い反感を持っていた。今振り返ってみると、そのころの僕はただ自分の考えや今まで教わってきたことを否定されたくないがゆえに、自らを正当化し先生の意見を受け入れまいと頑固になっていたようだ。しかし翼工房で絵を描き続けていくうちに、「もしかしたら先生のおっしゃることは正しいのかもしれない」と少し自分の心に変化が生じるのを感じた。
自画像で絵の具に入った当初、僕は色調など気にせず肌は肌色、ワイシャツは白などと見た目にばかりこだわって塗っていた。しかし、しばらくたつと筆が思うように進まなくなり手が止まってしまった。絵を見てみると、顔や服、背景の色がてんでばらばらで一枚の絵として成り立ってなかった。このままではだめだと分かっても、さらなる失敗を恐れて絵の具を重ねることができなかった。勇気が無かったのだ。
しかしそのような時「一度できたものを破壊し再構築しないと新たなものは生まれない」という先生の言葉を思い出した。僕は思い切って好きな色をとり、キャンバスの上で筆を躍らせた。そうしたら、絵の何かが変わった気がした。死にかけていた絵がまた生気を取り戻したかのようだった。僕は心の従うままに自由に絵を塗った。完成した自画像は決して満足できるものではないが、今までで一番自分を表現することができ、そのことに大きな意味があると思う。
先生がおっしゃっていた通り、何度も塗りなおしたり、悩んだりと試行錯誤を繰り返して一枚の自画像を描くことは、まさに人生と同じであった。これから先、生きていく中で僕は様々な困難に出会うだろう。それでも歯を食いしばって挑戦し続ける精神を翼工房で学ぶことができ本当に良かった。