36 則武憧子

真っ白だったキャンバスに毎度異なる色を重ね、その度異なる自分を映し続けて早くも三十時間が経とうとしています。キャンバスに描かれた私が毎時間変化をしたように、私自身もこの三十時間でいろいろなことを学び、考え、何度も何度も変化を繰り返してきました。
このキャンバスには、今見ることの出来る自分の下に、独りよがりな私がいます。上辺ばかりを見て、物事の本質を理解しようとしない自分です。一応見えるままの色で塗り固められた私は、軽く中身のない、殻だけの卵のようです。今、そんな自分の上に描かれた私は、例えてみるならゆで卵です。どっしりと重く、中身があって、殻をむいても自分を保つことが出来ます。自分を外に出すことを恐れていません。絵を描くことを通じて、私は自分を開放することを覚えました。
 この絵を完成させるまでには、幾度となく失敗を重ねてきたのですが、ごく稀に自分の思ったままの世界を体現できることがありました。失敗を認め、それを恐れずに常に挑戦を続けることで、やっとほんの少しの幸せを得られるということ。そしてそうやって得た幸福は、何にも代え難い大きな価値を持つこと。それも、絵を描くという作業の中で私が学んだことの一つです。
 「生きるというのは勇気が要ることなんだよ。」と先生はよくおっしゃいました。自分が自分であることを恐れないこと。鏡に向かえば一瞬で映る自分を、三十時間という長い時間をかけて見つめるこの経験は、私に本当にたくさんのことを気付かせてくれました。
 この絵で、私の肩のあたりに重ねられた黄色い絵の具は、翼工房の窓から毎時間私を照らし続けてくれた光を表しています。四月に初めて翼工房に入室した時、桜が満開でとても美しかったことが今でも鮮明に思い出されます。今年もまた、桜の花びらが教室の窓を彩ることでしょう。一年間温かく背中を押し続けてくださった翼工房に感謝の気持ちを込めて、私の自画像はついに完成を迎えます。